「私、この会社に都合よく使われているだけじゃない?」
そう気づいてしまった瞬間、プツンと糸が切れました。 40代、ワーママ。子供の体調不良や学校行事よる欠勤も多い。 だから「少々の理不尽は我慢しなきゃ」と自分に言い聞かせてきました。
でも、現実は想像以上に残酷でした。努力が報われないどころか、頑張れば頑張るほど「損をする」構造に気づいてしまったのです。
今回は、私が今の会社に見切りをつけ、自分の価値を取り戻すために転職を決意した、本音を綴ります。
頑張るほど損をする、「一律評価」という名の思考停止
私のいた会社は、昇給も賞与も「全員一律」。 どんなに効率を上げ、成果を出しても、お給料は横並びです。
それだけならまだしも、耐えられなかったのは「男女間の給与格差」と、目の前の不都合な真実でした。
いわゆる「静かな退職」を決め込み、最低限の仕事すらしない後輩の男性社員。 上司から指示された業務も、「これは君の勉強になるから」と自分の後輩に丸投げして、自分は定時でさっさと帰宅する。
そんな彼が、必死に時間をやりくりして成果を出している私より、高い給料をもらっている。
「ワーママだから休みも多いし、多少の差は仕方ない」と自分に言い聞かせてきましたが、もう限界でした。努力が1ミリも反映されない場所で、他人の給料のために自分の身を削るのは、もう終わりにしようと思ったんです。
逃げる後輩、機能しないマネジメント
さらに不快だったのは、その「静かな退職」をしている後輩の態度でした。 仕事を押し付けるやり方を私が苦々しく思っているのを察したのか、彼は私を露骨に避けるようになりました。
直接連絡すれば済む確認事項ですら、自分の後輩を「伝書鳩」にして連絡させてくる。 「自分は嫌な思いをしたくない、でも仕事は動かしたい」という、その卑怯な立ち回りに心底呆れてしまいました。
そして、環境の変化も決定的でした。 私を正当に評価し、支えてくれていた役員や上司たちが、次々と退職。
新たに上司になった人は、指示はあいまいで、言ったことをすぐに忘れる。マネジメント能力はお世辞にもあるとは言えません。 仕事をしない人は放置され、結局、責任感の強い「やる人」にばかり負担が集中する。
「できない人の尻拭いを、なぜ私が低い給料でやらされているの?」
泥舟のような組織で、沈まないように必死で漕いでいるのは私だけ。そんな虚しさが、日々募っていきました。
でも、良かったところもあった
もちろん、長年勤めてきた会社には感謝できる部分もありました。
普段から、家族の話をしていたので、子どもの体調不良などで急に休んでも嫌な顔をされないし、逆に心配してくれたり。また、長年の勤務で他部署の部長たちとも対等に話せる関係性が築けていました。
しかし、それ以上に不満が積み重なり、帰宅後は夫に愚痴をこぼす日々が続いていました。
「申し訳なさ」という呪縛を解く
これまで、子供の都合で急に休むたびに「申し訳ない」「迷惑をかけている」と自分を卑下してきました。だからこそ、理不尽な状況も「雇ってもらっている身だから」と受け入れてきたんです。
でも、冷静に考えてみました。
- 限られた時間で、誰よりも高い密度で仕事を完遂しているのは誰か?
- マネジメント不足の穴を埋め、職場の空気を支えてきたのは誰か?
私は十分、会社に貢献してきました。 それなのに、会社は私を「都合のいい便利屋」としてしか扱っていませんでした。
「子持ちだから」という弱みにつけ込まれ、安売りされるのはもう卒業です。
40代、私は私の価値を「正解」にする
40代での転職は、確かに勇気がいります。 とても不安です。でも、不当な評価に甘んじて、不満を抱えながらあと20年も働くことの方が、私にとっては心身ともによっぽど大きなリスクでした。
「私の価値を、正しい物差しで測ってくれる場所が必ずある」
そう信じて一歩踏み出すことにしました。 もし、あなたも「自分ばかり損をしている」と感じているなら、それはあなたの能力が低いからではありません。その場所が間違っているだけです。
時間は有限。私は、私を安売りするのを、今日で終わりにします。

