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試用期間での退職を決意した私。退職届を提出した時は、むしろ清々しい気持ちでいっぱいでした。
「もう血圧が上がることもない」 「パートさんの圧力に怯えなくていい」 「無視されて傷つくこともない」
しかし、その解放感は長くは続きませんでした。退職後、じわじわと押し寄せてきたのは「本当にこれでよかったのか」という後悔と葛藤の波だったのです。
在職中の心身の異変――気づかなかった限界のサイン
退職して初めて気づいたことがあります。それは、在職中の自分がいかに異常な状態だったかということ。
夜中に何度も目が覚める日々
入社してから、まともに眠れた夜は数えるほどしかありませんでした。
布団に入っても、頭の中ではその日の出来事がリピート再生されます。
「あの時、もっとこう言えばよかった」 「明日、リーダーに無視されたらどうしよう」 「またあのパートさんに、なんか責められるんじゃないか」
そして夜中の2時、3時に目が覚める。心臓がバクバクして、もう一度寝付くまでに1時間以上かかる。そんな日々が続きました。
朝起きても疲れが取れず、常にどんよりとした倦怠感を抱えたまま出勤する――それが当たり前になっていました。
世界がモノトーンに見えた
ある日、通勤途中にふと気づきました。いつもの景色が、まるでモノトーンの写真のように色を失って見えるのです。
通勤途中でみかける木々の緑や、花の色など、心に響いてこない。まるで自分だけが灰色のフィルター越しに世界を見ているような、不思議な感覚でした。
これは後から調べて分かったのですが、強いストレスや抑うつ状態になると、実際に色の感じ方が鈍くなることがあるそうです。当時の私は、完全にその状態だったのだと思います。
子どもの話をうわの空で聞いていた自分
何より申し訳なかったのは、帰宅後も仕事のことが頭から離れず、子どもの話をまともに聞けなかったことです。
子ども:「ママ、今日ね、学校で――」
わたし:「うん、うん(あ、明日の準備しなきゃ…あの書類、どうしよう)」
子ども:「ママ、聞いてる?」
わたし:「ごめん、もう一回言って」
何度もこんなやり取りを繰り返しました。子どもの楽しそうな表情が、だんだん曇っていくのが分かりました。それでも、仕事のことで頭がいっぱいで、心ここにあらずの状態が続きました。
休日も楽しめない――心に詰まった重い何か
土日は家族で出かけることもありましたが、心から楽しめることはありませんでした。
大好きなショッピングに行っても、公園に行っても、心のどこかに重い石が詰まっているような感覚。笑顔を作っても、それは表面的なもので、本当の意味で心が晴れることはありませんでした。
「月曜日が来る」 「また、あの職場に行かなきゃいけない」
そんな思いが常に頭の片隅にあって、どんなに楽しいはずの時間も、100%楽しむことができなかったのです。
退職して初めて、本当に心から笑えた休日を過ごしたとき、「あぁ、私はこんなに追い詰められていたんだ」と実感しました。
自分の決断を疑い続けた日々
退職してしばらく経つと、解放感とは別の感情が湧いてきました。それは「本当にこれでよかったのか」という疑問です。
「もう少し頑張れたんじゃないか」という後悔
夜、一人で考え込む時間が増えました。
「もしあと1か月我慢していたら、状況は変わったんじゃないか」 「もっと積極的にコミュニケーションを取っていれば、関係は改善できたんじゃないか」 「リーダーたちの態度も、時間が経てば柔らかくなったかもしれない」
冷静になって振り返ると、自分にできることはまだあったんじゃないかと思えてきたのです。試用期間はまだ3か月。その程度で諦めた自分は、やっぱり根性がなかったんじゃないか――。
「40代の転職」は、20代・30代とは違います。即戦力として期待されて入った以上、もっと踏ん張るべきだったんじゃないか。そんな自己否定の声が、頭の中でぐるぐると回り続けました。
せっかくの年収アップを手放した「もったいなさ」
さらに心を揺さぶったのは、金銭的な面でした。
前職から年収100万円アップの条件で入社した私。単純計算で、月に約8万円も多く稼げるはずだったのです。
「ボーナス満額もらえたら、過去一多かったのに」 「1年我慢すれば、100万円の差がつく人生だったのに」
数字で見れば見るほど、「なんてもったいないことをしたんだろう」という思いが強くなりました。
40代ワーママにとって、年収100万円アップは決して小さくない金額です。子どもの教育資金、老後の貯蓄、家族旅行――やりたいことはたくさんありました。
経済的な安定を求めての転職だったはずなのに、結果として自ら不安定な状況を作り出してしまった。この矛盾に、自分でも呆れるしかありませんでした。
周りからどう見られるか――恥ずかしさと罪悪感
金銭的な後悔以上につらかったのは、周囲の目でした。
前職の人と会うのが怖い
「あの人、すぐ辞めたんだ」 「あの人、転職失敗したんだな」
そんな声が聞こえてくるような気がして、街中で偶然会うことを極度に恐れるようになりました。
前職を辞める時、「次のステージで頑張ってきます!」と前向きに言った自分。上司には「年収アップおめでとう」と祝福された自分。
その期待を裏切って、たった3か月で辞めた――。
もし街で会ったら、どんな顔をすればいいんだろう。 「その後どうですか?」なんて聞かれたら、何て答えればいいんだろう。
そう考えるだけで、胃が痛くなりました。特に、お世話になった前職の上司や同僚と会うことを想像すると、申し訳なさと恥ずかしさで外出すること自体が億劫になりました。
「40代の短期離職」というレッテル
20代、30代なら「合わなかったんだね」で済むかもしれない。でも、40代での短期離職は違います。
「即戦力として期待されて入ったのに、3か月で辞めた人」
このレッテルは、次の転職活動にも確実に影響します。履歴書に3か月の職歴を書かなくてはいけない。面接で聞かれたら、どう説明すればいいのか。
「試用期間で辞めた40代」という事実は、採用担当者にどう映るのか。「またすぐ辞めるんじゃないか」と思われるんじゃないか――。
考えれば考えるほど、自分で自分の首を絞めたような気がしてなりませんでした。
それでも、私は「逃げた」わけじゃない
退職から数週間が経ち、ようやく少しずつ冷静になれてきました。
確かに、もう少し頑張れる方法があったかもしれない。 確かに、年収アップという大きなチャンスを手放した。 確かに、周りからの評価は下がったかもしれない。
でも、あのまま続けていたら、私は確実に壊れていた。
夜中に何度も目が覚め、世界がモノトーンに見え、子どもの話すら上の空で聞いてしまう――そんな状態で働き続けることが、本当に正しかったのか。
血圧100超えという身体のサインを無視して、パワハラまがいの環境で働き続けることが、家族にとっても、自分にとっても、本当に良いことだったのか。
40代にとって最も大切なのは、「健康」と「働く意欲」です。 どれだけ年収が高くても、心身を壊してしまったら意味がない。 子どもとの時間を、心ここにあらずで過ごし続けることに、何の価値があるのか。
短期離職は、確かに「逃げ」に見えるかもしれない。 周りからは「根性がない」と思われるかもしれない。
でも私にとっては、自分を守るための「防衛」だったと、今は思えます。
HSP気質で完璧主義の私が、今回のことでなんだか吹っ切れたというか、呪縛から解き放たれたというか。肩の荷が下りたという感覚になりました。
そして何より、退職後に初めて心から笑えた休日、子どもの話をちゃんと聞けた夜、カラフルに見えるようになった朝の景色――これらすべてが、「あの決断は間違っていなかった」と教えてくれています。



